【アウトソーシングほっとニュース】賃金のデジタル払い、約9割が「導入予定なし」
厚生労働省は2023年4月に「賃金のデジタル払い」を解禁し、2024年8月にQRコード決済最大手のPayPay株式会社を初の事業者として指定しました。労働者はチャージの手間が省け、企業にはスマホ決済に慣れた若年層を採用しやすくなる効果が期待できるといわれており、幅広い分野でキャッシュレス化が進むなか、今後「賃金のデジタル払い」の動きが広がるかどうかが注目されています。
「賃金のデジタル払い」とは
労働基準法では、賃金は原則として通貨で支払うこととされていますが、労働者の同意を得た場合には、銀行その他の金融機関の預金又は貯金の口座への振り込みによることが認められてきました。
キャッシュレス決済の普及や送金サービスの多様化が進むなかで、資金移動業者の口座への資金移動を給与受け取りに活用するニーズも一定程度見られることも踏まえ、労働者の同意を得た場合に、一定の要件を満たすものとして厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座への資金移動による賃金支払ができることとしました。これを「賃金のデジタル払い」と言います。
賃金のデジタル払いを導入するには
賃金のデジタル払いは、賃金の支払い・受け取りの選択肢の一つです。賃金のデジタル払いを導入するためには、まず使用者と労働組合または労働者の過半数を代表する者との間で労使協定を締結し、その上で、希望する労働者の個別の同意を得なければなりません。
賃金のデジタル払いを導入するにあたって必要な手続きは次の通りです。詳細はこちらをご覧ください。
①厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者(指定資金移動業者)の確認
②導入する指定資金移動業者のサービスの検討
③労使協定の締結等
④労働者への説明 ※同意書(参考例)の裏面に記載された留意事項を説明してください。
⑤労働者の個別の同意取得
⑥賃金支払いの事務処理の確認・実施
企業における賃金のデジタル払いへの対応について
帝国データバンクさんが、「企業における賃金のデジタル払いへの対応について」のアンケート(期間:2024年10月4日~10日、有効回答企業数:1,479社)を実施し、10月16日にその結果を公表されています。調査結果の概要は次の通りです。
①賃金のデジタル払い:企業の約9割で「導入予定はない」、「導入に前向き」は3.9%にとどまる
「導入を検討している。周知されれば便利だと思う」(飲食店)といった前向きなコメントも聞かれたが、「必要と感じない」(専門サービス)や「社会への浸透具合、社員からの要望、セキュリティ対策など多面的な検討が必要なため、現時点での導入については時期尚早との認識」(建設)といった、導入に消極的な声が大多数を占めた。
②導入に前向きな理由:「振込手数料の削減」が5割超でトップ、次いで「従業員の満足度向上」
「賃金のデジタル払いができたら支払いが楽になる」(メンテナンス・警備・検査)といった声があがった。他方、「検討しようと考えているが、小さな会社での導入は可能なのかどうかや、実際の事務作業の流れ、必要な手続き・手数料などを知りたい」(情報サービス)といったコメントも寄せられ、前向きに考えている企業においても制度・サービスに関する情報や理解が十分でない様子がうかがえた。
③導入予定がない理由:「業務負担の増加」が6割でトップ、理解の不十分さやセキュリティリスクへの不安もネックに
「振り込み処理が複雑になる」(機械製造)や「セキュリティが十分とは思えず、従業員も不安に思っている」(繊維・繊維製品・服飾品製造)など不安な声があがった。また、「デジタルマネーで支給したものを現金化できるかなど、知識不足な部分が多い」(パルプ・紙・紙加工品製造)のように制度・サービスに関する情報や理解が不十分であることから導入を検討しないケースも複数あった。さらに、デジタル払いを利用する従業員が少ないことや銀行振り込みなど、従来の給与の支払い方法で不便を感じていないことにより“必要性を感じない”といったことのほか、“地方ではデジタル払いのできる店舗が限られる”、“従業員からの要望がない”などの意見も聞かれた。一方で、導入予定はないが、今後従業員から要望があれば検討したい、とのコメントも一定数あがった。
まとめ
帝国データバンクさんの調査結果によると、賃金のデジタル払いを導入する予定がない企業が9割近くに上っています。現状では、業務負担の増加や、制度・サービスに対する理解が十分でないこと、セキュリティ上のリスクへの懸念などが導入を妨げる要因となっているようです。
賃金のデジタル払いは、労働者にとって、ATMで現金を引き出す手間を省くことができたり、銀行口座開設のハードルが高い外国人労働者の報酬受け取り手段として活用できるといったメリットがあります。また、定期的な給与払いを求めない労働者の資金ニーズにも柔軟に応えることができ、働いてから報酬振り込みまでの期間が短い方を好む傾向にあるアルバイトなどの非正規労働者の利便性が向上します。
一方、企業側のメリットとしては、銀行に毎月給与振り込みをせずに済むため、業務効率の改善や手数料削減効果が期待できます。また、都度払いや少額払いもしやすくなり、労働者の受け取り手段の多様化にも対応できます。
賃金のデジタル払いが認められる資金移動業者ですが、NTTドコモが「d払い」、メルカリが「メルペイ」で申請に向けた準備を進められているそうです。今後、利用拡大のためには、制度やサービスに関するきめ細かい情報周知のほか、セキュリティの強化とその情報共有が求められます。
この記事を書いたのは・・・
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、クライアントの労務顧問を務めている。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、社会保険労務士の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。