【アウトソーシングほっとニュース】「治療と仕事の両立支援」の努力義務化
厚生労働省は11月22日、労働政策審議会の安全衛生分科会において、「治療と仕事の両立支援」の取り組みを努力義務とすることを労働施策総合推進法に定めるとの方向性を示しました。
高齢者の就労の増加や医療技術の進歩等を背景に、何らかの疾患により通院しながら働く労働者の割合は2022年には40.6%に上るなど、病気を治療しながら仕事をする労働者は年々増加しています。こうした状況を踏まえ、働きながら治療を続ける人の就業環境を整備するため、現在は周知啓発にとどまっている「治療と仕事の両立支援」のために必要な措置を講じることを事業者の努力義務とし、法的に位置付けことを提案しています。
また、産業保健の体制が整っていない中小企業に対しては、治療と仕事の両立支援の専門家が配置されている産業保健総合支援センターによる企業支援(専門的研修、相談対応・訪問支援、個別調整支援等)をさらに充実するとしています。
「治療と仕事の両立」とは
「治療と仕事の両立」とは、病気を抱えながらも、働く意欲や能力のある従業員が、仕事を理由として治療の機会を逃すことなく、また、治療の必要性を理由に職業生活の継続を妨げられることなく、適切な治療を受けながら、安心して生き生きと働き続けられることを指します。
現在、労働者の約4割が何らかの疾病を抱ながら働いているといわれ、病気の治療を理由に仕事を辞めざるを得ない人や、仕事を理由に必要な治療を断念する人が多くいます。一方で、近年の治療技術の進歩により不治の病といわれてきた「がん」の5年生存率は6割近くとなり、長く付き合う病気へと変化しています。さらに、早期発見であれば約9割が治癒します。このように、仕事をしながら治療を続けることが可能な時代になっているのです。
企業にとって「治療と仕事の両立支援」は重要な課題
病気によって従業員が退職することで、その従業員が培った経験・ノウハウを失うことは、企業にとっても大きな損失です。「治療と仕事の両立」を支援することは、優秀な人材の確保、生産性の向上につながることが期待されます。また、病気を抱える従業員が働きやすい組織・職場は、育児や介護その他の事情を抱える従業員にとっても働きやすい組織・職場であるとも考えられます。
一方、従業員(患者)や家族にとって、働くことは家計や治療費のためであると同時に、“生きがい”でもあります。「治療と仕事の両立」を実現することで、従業員満足度の向上や働きがいの創出、さらには社会的認知度の高まりなどの波及的な効果も期待できます。
また、「治療と仕事の両立支援」を促進することにより、経営的には、生き生きと働ける職場の実現を目指す「健康経営」の視点や、多様な人材(病気などの困難を抱える従業員を含む)を活用して企業のパフォーマンス・イノベーションに繋げていこうとする「ダイバーシティマネジメント」の視点からもメリットがあると考えられます。さらに、「リスクマネジメント」の視点では、従業員ががんに罹患したことを契機に、長期休職やこれまで通りの働き方ができない場合でも事業を継続できるよう、全社的に体制や業務内容を見直した企業の事例もあります。
「治療と仕事の両立」の支援体制
「治療と仕事の両立」を実現するためには、治療の継続や適切な生活習慣の維持など従業員自身による取り組みはもちろんのこと、治療の状況に応じた就業上の措置や配慮など企業における対応や、上司・同僚の理解・協力も必要となります。そのため、従業員本人と関係者が連携して対応することが重要です。
出所:厚生労働省「治療と仕事の両立支援ナビ」
また、社会保険労務士や両立支援コーディネーターなど外部の専門家から支援を受けることも有効です。
■社会保険労務士
治療と仕事の両立支援に必要な社内制度や法的な面も含めた相談支援や、病気に罹患した従業員の経済的な問題を解決するために健康保険・障害年金等の利用を支援するなど、人事労務の専門家として、企業側・従業員側双方の視点を保ちながら問題解決の支援を行います。
■両立支援コーディネーター
両立支援コーディネーターは、従業員(患者)が治療と仕事を両立できるよう、本人の同意を前提として、医療機関、企業の関係者と情報を共有し調整を行います。
具体的には、継続的な相談支援を行いつつ、治療に関する情報や業務に関する情報などを得て、治療や業務の状況に応じた必要な配慮等の情報を整理して、従業員本人に提供します。
両立支援コーディネーターは、働き方改革実行計画において、治療と仕事の両立が普通にできる社会を目指すためのキーパーソンとしてその機能・役割の重要性が掲げられ、育成・配置の必要性が提唱されました。労働者健康安全機構で研修を実施し、両立支援コーディネーターの養成が図られています。
「治療と仕事の両立支援」の流れ
厚生労働省が作成した「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」から、「治療と仕事の両立支援」の流れをご紹介します。
①従業員は、自らの仕事に関する情報について「勤務情報提供書」等を作成して主治医に提出します。
②従業員は、主治医から「主治医意見書」等により両立支援に必要な以下の情報を提供してもらいます。
・症状、治療の状況
・退院後 / 通院治療中の就業継続の可否に関する意見
・望ましい就業上の措置に関する意見
・その他配慮が必要な事項に関する意見
③従業員は、会社に両立支援を申し出て、主治医から収集した支援に必要な情報を提出します。
④会社は、産業医等から意見を聴取し、主治医の意見や従業員本人の要望を勘案し、具体的な支援内容について検討します。
⑤会社は、従業員が治療をしながら就業を継続するための「両立支援プラン」を策定します。
⑥会社は、周囲の同僚や上司等に対して、必要な情報のみを可能な限り開示し、理解を得ながら「両立支援プラン」を実行します。
⑦会社は、休業に関する制度と休業可能期間、職場復帰の手順等について情報提供を行います。
⑧従業員の疾病が回復し、本人に職場復帰の意思がある場合、主治医による職場復帰可能の診断書の提出を受け、会社が、職場復帰の判断をするのに必要な情報(産業医面談の実施等)を収集します。そのうえで職場復帰の可否を判断し、「職場復帰支援プラン」を策定します。
参考サイト・参考資料
さいごに、「治療と仕事の両立」に役立つ情報が掲載されているサイトや資料をご紹介します。
●参考サイト
▶治療と仕事の両立について(厚生労働省)
厚生労働省が発信する「治療と仕事の両立」に関する情報、最新の政策動向が掲載されています。
▶治療と仕事の両立支援ナビ(厚生労働省)
事業者の方、支援を受けて働く方や、医療機関・支援機関の方にとっても役立つ情報の提供を目的に 作られたポータルサイトです。企業の取り組み事例も紹介されています。
▶東京都がんポータルサイト
東京都が運営する、がんに関する様々な情報を掲載したポータルサイトです。東京都における「治療と仕事の両立支援」に関する取り組みも掲載されています。
●参考資料
▶事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン(厚生労働省)
事業場が、がん、脳卒中などの疾病を抱える方々に対して、適切な就業上の措置や治療に対する配慮を行い、治療と仕事が両立できるようにするため、事業場における取り組みなどをまとめたものです。
▶企業・医療機関連携マニュアル(厚生労働省)
「治療と仕事の両立支援」のため、企業と医療機関が情報のやり取りを行う際の参考となるよう、ガイドライン掲載の様式例集に沿って、各様式例のポイントを示したものです。
▶がんになっても安心して働ける職場づくりガイドブック(国立研究開発法人国立がん研究センター)
経営層ならびに人事・総務担当者向けのガイドブックとしてまとめられた冊子です。大企業編と中小企業編があります。
▶がんと仕事のQ&A((国立研究開発法人国立がん研究センター)
多くのがん患者が直面する、職場復帰や経済問題などの悩みに関するQ&Aがまとめられた冊子です。
社労士法人エスネットワークスには、両立支援コーディネーター基礎研修を修了した社会保険労務士が複数名所属しています。「治療と仕事の両立支援」の取り組みををご検討される際は、ぜひ弊社までお問合せください。
社会保険労務士法人エスネットワークス
特定社会保険労務士M・K
事業会社での人事労務キャリアを活かし、クライアントの労務顧問を務めている。労働法をめぐる人と組織に焦点を当てる「生きた法」の実践をモットーとし、社会保険労務士の立場からセミナーや講演を通して、企業に“予防労務”の重要性を呼び掛けている。日本産業保健法学会会員。